お知らせ

住職より~12月の写経会を終えて

称号十念
12月の写経会を無事厳修いたしました。

前回は、内省すべき内容とは「大切なことを再確認し、実践し続けること」であるということをお話しました。試みに提案した「一日一善」は実践できましたでしょうか。今月以降しばらくの間「再確認すべき大切な教え」をご案内していこうと思います。

12月の「再確認すべき大切な教え」は「少欲知足(少欲をもって足るを知る)」です。

試みに『仏遺教経』の一節を現代語訳にしました。

足るを知る人は、地面に寝るような生活であったとしても幸福を感じられる人です。

足るを知らない人は、どんなに豪華な宮殿に住んでいたとしても満足できません。

足るを知らない人は、どんなに財産があっても心は貧しいものです。

上記の一節が示している本質は、環境自体は我々に幸せを提供するものではないということです。最も重要なことは現状のありふれた環境が「尊く得難いものである」ことを理解して認識し続けることができるかということです。

物事はその人の見かた次第であることを例えた比喩に「コップに入った半分の水」があります。コップに入った半分の水を「あと半分しかない」と見るのか「まだ半分ある」と見るかの違いです。

自らの努力で変えられるものは大いに努力して変えたらよい。しかし、自分の努力では変えられないものについて、それが手に入らない事を嘆いても仕方がないのです。それよりは今ある環境に感謝しながら、自分にできることを少しずつ進めていくという考え方の方がどれほど幸せなことでしょうか。

いかがでしょうか。「足るを知る」ことを偉そうに書いてみました。読んでみれば至極当たり前のことです。この当たり前のことを理解して実践していくことがどれほど難しいことか。

昨今はSNSが普及して皆がこぞってキラキラした部分だけを発信しています。現実はそんなことばかりではない筈なのに。それを見せられた私たちは、自分の境遇が不遇であるかのように感じ始め、思い悩み始めます。そういった意味では、現代人は「我が道を生きる」のが困難な環境の中で活動を強いられていると言えるかもしれません。

このような時代だからこそ、あらためて「少欲知足」の大切さを再確認して生きていく必要が大いにあります。今月の写経会では、少しでも穏やかに、少しでも自分らしく、過ごすことができるよう願文に「少欲知足」と書くことをお勧めしました。

次の写経会は1月です。参加された方々が次の写経会まで穏やかな生活ができるようにご祈念しながら、写経会を無事にお勤めさせていただきました。

合掌