正光寺 人形供養

人形をはじめとするモノに魂が宿るということはどういうことか、そもそも魂とは一体何か、私には分かりません。

しかし、人形等に何か聖なるものが宿っているとするならば、それは今日までの持ち主自身であると私は考えています。

人形等は持ち主のそばを片時も離れず、当人の苦楽にいつもよりそって過ごしてきました。人形等を大切にしてきた人にとって、それと向き合うということは、今までの人生、過去の自分と向き合うという事なのです。

人形供養をはじめとするモノの供養は、そのような過去の自分自身と向き合って内観(内省)をするという事なのです。内観(内省)をして、過去を土台として今どうあるかを見つめ、これからどうするかを考えることなのです。

先日、大変立派なひな人形の供養をいたしました。どれも優しそうな表情の人形ばかりで、経年による色の褪せた感じはあるものの、さしたる不朽は見受けられません。たいそう大事に扱われてきたのでしょう。流石に大人になってからは飾られることはなかったのかもしれません。どのような形にせよ、人形は過去の持ち主そのものとして、静かにたたずんでいました。

儀式では人形、つまり過去の自分自身と向き合い静かに内省することをお勧めし、最後に念仏をお称えいたしました。

儀式が終わると人形の写真を撮って帰りたいとのこと。快諾すると嬉しそうにシャッターを切り、晴れやかな顔で帰路につかれました。

人形をはじめ、思い入れのあるモノの供養を承ります。お気軽にメールやお電話、千四フォームからでお問い合わせ、お申込みください。

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