
昭和のころまでは、客殿の回廊がこの池のまわりを囲んでいました。当時の玄関から客間へ向かう廊下に観音様はお顔を向けていらっしゃいました。向かって左の方角を見つめているのはそのためです。来る人をいつも穏やかな表情で迎え、お参りを済ませて帰る人をずっと見守り続けていたのでしょう。
中国は唐の時代、とある港町に住んでいた長者の娘に善妙(ぜんみょう)という年頃の女性が居ました。ある日、その町に新羅の国から義湘(ぎしょう)というたいそう美形の僧侶が修行にやってきました。義湘が托鉢のために善妙の家を訪れた際、義湘の美しさを目の当たりにした善妙は一目ぼれをしてしまいます。意を決して善妙は義湘に自らの想いを告げました。しかし、義湘はその申し出を断わり「貴方の気持ちはとても嬉しいことですが、僧である私は貴方の気持ちに応えることが叶いません。どうかその気持ちは仏法を支えることに向けてください」と言いました。
ほどなくして義湘は修行を終えて祖国に帰ることになりました。そのことを知った善妙は帰国したのちも使えるようにと仏具を用意して、義湘が乗船予定の船着き場へと急ぎます。しかし、たどり着いた時にはすでに船が出港した後で、彼の乗った船が遠くにかすんで見えるばかりです。悲しみに暮れた善妙は、仏具を抱えたまま海へと身を投げてしまいます。すると、その身は龍へと変って船を追いかけ、その後も末永く義湘を守り続けました。
このように、龍は仏教の守り神のひとつとして昔から崇め奉られてきました。正光寺の龍もまた、観音菩薩と共にこの町の人々を守り続けているのです。
